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ナポレオンとジョセフィーヌ

今一番話題のロイヤルと言えば、間違いなくハリー伯爵とその伯爵夫人メーガンさんであろう。民衆のやんごとなき人々への関心は古今東西変わりなく、ナポレオン1世と皇妃ジョセフィーヌの関係も例外でない。

三菱一号館美術館で開催されているショーメ展のメインテーマである、ナポレオン1世とその最初の妃であるジョセフィーヌ。二人のロマンスも様々なエピソードを今に残している。

今回のショーメ展は、その宝飾品の数々もさることながら、吸い込まれてしまうような迫力の肖像画も展示されている。入場して程なくすると、1806年に制作された〝戴冠衣装皇帝ナポレオン1世“という等身大サイズの肖像画に出迎えられる。青いベルベットを背景に、正面を見据える白とゴールドとを基調とした戴冠式の衣装を纏うナポレオン1世の姿がある。月桂冠やつるぎ、勲章頸飾などはショーメの創業者がしつらえたものだそうだ。そして少し進むと、揃いのエメラルドとダイヤモンドのティアラ、イヤリング、ネックレス、ブローチを身に着けた、ジョセフィーヌの上半身の肖像画が見えてくる。

戦地から帰還するナポレオンがジョセフィーヌに「風呂に入らないでくれ(ジョセフィーヌの体臭を洗い流さないでという意味で)」という内容の書かれた手紙は有名である。何度も戦地に会いに来てほしいと手紙で訴えるも、夫が戦地で戦っている間に、社交界の華として幾多の男性と浮名を流したとも言われるジョセフィーヌ。「英雄、色を好む」というということわざでナポレオンが引き合いに出されることは少なくないが、実際は妃の方もかなりの英雄だったのかもしれない。

権力の象徴として妃が宝石で飾り立てるのはこれも古今東西変わらないが、ショーメの最初のミューズとして、それまでに無かったようなデザインの宝石をいくつもしつらえている。その中でも今回展示されている「麦の穂のティアラ」という9本の麦の穂が風になびくように、向かって右側に傾いているティアラ。66カラットのアンティークカットのダイヤモンドがはめ込まれている。麦の穂っぽいというデザインではなく、シンプルなシルバーの輪の上に本当にダイヤモンドの麦の穂がたなびいている感じ。麦の穂は農耕を司る女神ケレスの化身で、繁栄と多産の象徴なのだそうだ。左右対称というのがそれまでの冠やティアラには基本であるが、アシンメトリー具合とリアルな麦の穂が、全くもって斬新。彼女が当時のトレンドセッターであったというのも納得である。そしてエンパイアスタイルのドレスも彼女がはやらせたもののひとつ。

ジョセフィーヌの最初の夫は軍人であり、1794年フランス革命時にギロチンによって処刑されている。その時ジョセフィーヌも牢獄に入れられたが、何とか逃げることができた。ジョセフィーヌがはやらせたエンパイアスタイルは胸元からストンと裾まで細めのAラインを描く直線的なデザイン。フランス革命の引き金となったマリー・アントワネットが流行らせた、コルセットで極細に絞ったウエストから大きく広がったスカートとは全く趣が違う。それを思う時、それまでの時代を否定するような物を発信することが、彼女なりの革命だったのかもしれない。

政治的に改革した皇帝と、文化的な改革をした妃。歴史的な功績や残っている文献からも、二人はとても似た者同士だったように思えてならない。情熱的で生きるエネルギーに満ちていて。こんな二人だが、互いのいくつもの浮名や、決定打としてナポレオンの子供を産むことが出来なかった事を理由に離縁させられる。ジョセフィーヌには最初の夫との間に、オルタンスという娘とユージーンという息子がいる事を考えると複雑だ。

ジョセフィーヌは繁栄と多産を象徴する麦の穂のティアラを見つめ、何を思ったのだろうか。離縁させられた後のジョセフィーヌが悲壮なその後の人生を送ったのかは、また次回。

80年代のアメリカに憧れを抱き、18歳で渡米。読んだエッセイに感銘を受け、宝石鑑定士の資格を取得。訳あって帰国し、現在は宝石(鉱物)の知識を生かし半導体や燃料電池などの翻訳・通訳を生業としている。