rozome

細田あずみさん講演 ろう染伝統文化紹介

October 17, 2016 The North American Post Staff 0

シアトル・アジア美術館が行う講演シリーズで15日、ろう染作家の細田あずみさんが自身の作品とともに日本の染めの伝統文化を紹介した。   当日は染めの歴史や工程を紹介。ボランティアが舞台に立ち、細田さんの作品を披露した。タコや建物など斬新なイメージを取り入れた作品に出席者は大いに興味を引かれたようだった。細田さんは、「伝統的な染めの世界では、女性作家はまだまだ少ない」と話す。長く閉塞感のあった伝統文化の世界で、着物の海外進出と合わせ、新たな可能性を模索する。  細田さんの作品は地元ギャラリーのKOBOでも展示された。  シアトル・アジア美術館は来年春から約18カ月の増設、改築工事のため閉鎖される。現在の建物は1931年にシアトル美術館として開館。同館が1991年にダウンタウンに移転後、94年にアジア美術館として開館し、現在に至る。  (記事・写真  = 佐々木 志峰)

jas-roundtable-t

第2回ビジネス・ラウンドテーブル 日米、女性の社会進出の推進

October 17, 2016 The North American Post Staff 0

日米の女性の社会的地位向上を考えるパネルディスカッションが9月21日、ベルビュー市舎で開催された。現代社会の中で日々女性が直面している課題について協議し、女性の活躍促進の支援をテーマに意見交換が行われた。  基礎講演者はプルデンシャル・ファイシャル社の法令順守担当兼ヴァイス・プレジデントのローヤン・K・ドイ氏。ビル&メリンダ・ゲイツ財団のジル・ニシ氏が司会を担当、パネリストにはマイクロソフト社のウィンドウズデバイス販売担当部長のマーガレットアラカワ氏、マイクロソフト本部長ティサ・ジャクソン氏、東レコンポジット米国副社長で最高技術責任者の小田切信之氏が参加した。  ワ州日米協会とシアトル日本商工会によるイベントで、昨年3月に開催された同様のテーマで第二回目の開催となる。日米両国の抱える課題や、女性の職場進出とワシントン州の経済成長の関係性、女性の出産後の社会復帰の日米間の違いや、日本における男性の仕事と子育ての両立についてなどが語られた。現在日本で話題となる育児に積極的にかかわる男性を指す「イクメン」という新しい言葉にも触れられた。  ドイ氏は昔と現在の日本社会における女性に対する扱いや、女性の社会復帰に関する男性による思い違いについて語った。女性は子供を持つことで退社、家庭に入るべきと考え、女性も同様の考えがあると思われがちだが、実際は社会復帰を望む女性が7割を超えており、日本の男性はこの違いを理解するべきと語った。また最近日本に訪れて良くなった点として、男性雑誌コーナーに車、カメラ、写真集の中に新しく「イクメンコーナー」が置かれているのを目にし、着々と女性への理解が深まっているとも話した。  アラカワ氏は家事と仕事の両立、夫の子育て支援について自身の生活ライフを話し、会場は終始和やかなムードだった。まだまだ改善点はあるが、日本において着々と女性の社会進出と女性への理解が進んでいるように見えた。        (松井 貴海)

washington-state-news

マリナーズ、熱戦及ばず    岩隈、敗戦に悔し涙

October 17, 2016 The North American Post Staff 0

 MLBのシアトル・マリナーズは1日、セーフコフィールドでシーズン最終シリーズとなるオークランド・アスレチック戦の第三戦に臨み、8―9の熱戦の末敗れた。シーズン終盤までプレーオフ出場を争ってきたが、敗戦により望みを絶たれた。  2001年シーズン以来途絶えているプレーオフ進出を目指し、負けられない一戦で岩隈久志投手(35)が先発。序盤に援護をもらったが、3回に崩れ、4回途中で降板。チームは粘りを見せて追いついたが、延長戦の末敗れた。  シーズン最終登板の岩隈投手は、「絶対勝つ」との強い気持ちを持ってマウンドに上がったが、つらい結果となった。「気合と空回り、力んでしまい真ん中にボールが集まってしまった。チームに申し訳ない気持ちです」と話し、悔し涙を見せた。  マリナーズでの5シーズン目は16勝12敗で防御率4・12。チーム最多となる33試合先発、199イニング登板でチームを支えた。「ローテーションを守るというのが大きな目標」だったが、「けがなくやれたのは大きな自信になった」と振り返った。  「最終的にはプレーオフを逃してしまったが、みんなとチーム一丸となって大事な試合を戦えたことは良かった」とし、「この悔しさをバネにまたひとつ大きく成長していきたい」と語った。   マリナーズは翌2日も敗戦、86勝76敗で終え、プレーオフまで3勝足りなかった。チームは一時の低迷から着実に復調を見せ、プレーオフ進出を狙えるチームに変わりつつある。一方でプレイオフ未進出はリーグで最も長い15年連続となった。  今シーズン加入の青木宣親選手は118試合に出場、打率・283、4本塁打、28打点。2度のマイナー落ちもあり、序盤は苦しんだシーズンだが、緊迫した後半戦に活躍を見せた。試合後には、「負けてしまったのは仕方ないので、この経験を生かしてまた来年誇りを持ってしっかり頑張っていきたい」と前向きな気持ちを語った。   (松井 貴海)

hama-rikyu-2

私の東京案内 8    旧浜離宮庭園

September 30, 2016 The North American Post Staff 0

墨田川は築地市場の先で海に流れ込んでいる。その地点にある「旧浜離宮庭園」と名付けられた広々とした大庭園には、川の水を引き入れた池がいくつもある。庭園の一面は東京湾に、もう一面は築地市場を対岸に臨む運河に面しており、まさに水と緑の一大別天地である。交通の便も抜群だし、ここへはぜひ足を運びたい。  築地市場とその周辺や北東に位置する明石町を一見したあとで、勝どき橋をわたって月島へと進む前に立ち寄るのが良いだろう。築地市場からだと北西方向へ数分戻って新大橋通りへ出る。銀座方面からは例えば8丁目に近い花椿通りを歩いてきて新大橋通りへ。地下鉄の汐留駅(JR新橋駅の近く)まで来ると、庭園の入り口がある。本願寺や明石町とは反対の方角になるが、ここは銀座や魚市場の喧騒を忘れさせてくれることまちがいない。ちなみに、ここ浜離宮には浅草公園の南端から出る隅田川遊覧船で来ることもできる。川を少し遡った地点に堤防のようなものがあり、その内側が庭園であり、堤防のすきまから入った船はそこで客を降ろしたり乗せたりしている。  東京には都の管理する公園がいくつかあるが、この「浜離宮」と通称される庭園もそのひとつだ。もともとは徳川将軍家の所有、しかもかなり古くから存在した。江戸城から遠くない湿地帯に鴨猟の場をしつらえたのが始まりだが、現在も外国からの貴賓を招いて皇室や政府筋が猟をすることがあると聞いた。徳川四代目の将軍がこれに埋立てた地を加えて鷹狩りのできる地とし、また別荘〔離宮〕として使った。一般に公開されたのは1950年。東京都の所有だから入場料は300円〔シニア150円〕。東京にはこの他、日比谷公園や上野公園などの一般人が自由に使えて楽しめる、しかもアクセスのよい公共のスペースがいくつもある。この事実が東京をロンドンにもパリにも負けない世界の大都市にしている一要素だとわたしは思う。  水に囲まれた広大なこの浜離宮のなかには、「御茶屋」が三つもあり、それらと池に架かる橋は建築美術として秀でている。また、牡丹、梅、桜草など一年中それぞれの季節の花が楽しめるが、珍しいのは大手門入り口の近くにある松の大木だ。這うように伸びているのだが、樹齢600年という。 このオープンで気持ちのいい空間は今はまさに都会のオアシスだが、ずいぶん前からここにあるわけだ。庭のなかに立って目をあげると、周囲を高層ビル群が囲んでいるのがわかる。一歩外へ出ると、目の前を高架の自動路が走っている。にもかかわらず庭園は広大なので外の物音は一切聞こえない。  毎年正月の2、3日は都に属するいくつかの公園で特別な催しがある。おおむね日本の伝統的行事が一般に披露されるが、この事実はあまり知られていない。元日の明治神宮境内が、庭園と神社という違いがあるが、満員電車の中にいるかのようになることを考えると、浜離宮はまことにのどかだ。東京各地の新年の人の出については不思議に思うが、わたしはここで「放鷹術」の実演を見た。  そのために飼いならした鷹を放って野生の鳥獣を捕まえさせるが放鷹術だが、四世紀に大陸から伝わったスポーツの一種だとか。大昔から日本の天皇や著名な武士たちが楽しんできたし(家康は特に好んだとか)、江戸時代はこの庭園でも行われた。今ここで鷹による狩りが行われるのは正月の2、3日だけでただのデモンストレーションである。女性も含めて放鷹術を学ぶ人は現在もいて、その人たちが技を披露する。新年に東京にいあわせるなら、ぜひお勧めしたい。  浜離宮から南へ歩いて15分くらいのところにもうひとつ都の管理する庭園がある。「旧芝庭園」で、こちらは大名の造った庭園だ。江戸時代初期に造られて以来ほとんど変わっていない点に価値があるという。周囲にビルが林立する以前はここから房総半島が望めたとともいう。だが、浜離宮を見たあとでは規模の小ささと人工的な点が目立つてしまう。時間の関係でスキップしたほうがいいが、手軽に伝統文化の一端を楽しむ一手段ではある。ここでの催しは「三番叟」。歌舞伎の前身だそうだが、都内の伝統音楽愛好家グループの出演だった。    (田中 幸子)

08-12-2014-ishigaki-03

シアトル石垣プロジェクト 6

September 30, 2016 The North American Post Staff 0

ワークショップも中盤になると、少しずつ思ったように石が形ついてくるので楽しくなってしまった。上腕にものを言わせてガンガンハンマーを振り下ろして、その度に僕等の使っていたごま塩模様の花崗岩の欠片が飛んでいくのであった。  やわらかい焼きごてのような日差しをもろに体中に感じながら、周りは埃っぽくて、あの、現場によくある整頓された混沌の雰囲気のなか、思いっきり振ったハンマーがピッタシ鑿の後ろに真っ直ぐ当たって、鑿にもそれを持つ手にも振動がなく、ハンマーにもハンマーを持つ手にも雑な振動はなく、それどころかハンマーが、振り下ろした軌道を逆にたどって勝手に跳ね返って来るようで、僕が発した運動エネルギーは(跳ね返された分以外)すべて石に移った――。そう感じられる一撃が何回か立て続けに打てるようになった。得意になってフンフンと鼻を鳴らしながら周りを見回すと、田部さんが(彼特有のフックスイングで)カキーン、カキーンとゆっくりのどかそうに叩いている。彼の鑿先から飛ぶかけらは僕が力任せに叩いたものの数倍の大きさだった。僕は石を叩き崩している感じがするのに対して田部さんのやり方は鑿で石を剥がしているような、めくっている様な感じがした。あきれるくらい大きな石の欠片がパカッ、パカッと剥がれていくのであった。こういう熟練した技を見るのはなんともすがすがしいものである。思わず作業をやめて見とれてしまう。  田部さんには石の選択から線引き(ここを割る、とかここを平らにする、とか決める)までやっていただいたので忙しかった。しかし、彼が石を叩き始めるとじっと見つめる人たちが必ず出た。  一度田部さんが道具を置いてどっかにいってしまった時、僕とロリンが田部さんのハンマーと鑿を見にいった。(別に彼が飛び抜けて上手いのは道具のせいだとか思ったわけではない。決して。)ハツリ鑿は近藤のトレードマークの紫のさび止めが塗ってある先がカーバイドの普通の鑿だった。しかし、ハンマーの柄が内側に曲がっていた  「ははあ、自分のフックするスイングにあわせたんだな」と、微笑んでしまった。  だが、という事はハンマーの片方しか使えないじゃないか、と考えながらハンマーの面を見ると、真ん中あたりだけ銀色にピカピカと光を反射していた。その大きさは一円玉くらいの大きさだった。  あごが地面に落ちてしまうほど驚いた。田部さんのスイングはそこまで正確なのであった。ハンマーの面が鑿に当たるのが必ず同じところなので、そこだけ摩滅したようになっているのである。他はまだオリジナルの塗装がついていた。 まだ数十回に一度は手を叩いて、「イテーッ」といって跳ね上がる僕やロリンには、本当にそんな事が可能なのか信じられなった。だが、目の前にその動かぬ証拠があった。  二人で驚いた顔を見合すと、「スゲーー」とため息が出てしまった。これは道具のせいじゃねーや。 ◇ ◇ ◇  このワークショップでロリンは人生が変わってしまったそうである。彼は今、石ばかりやっている。そして、シアトルの他の有能な石工たちに目をつけられて、色々と一緒にプロジェクトをしている。彼は今は左手の指が固まってしまうどころか、手袋さえしなくなってしまった。それはハンマーの衝動が鑿を通して感じられるからだそうだ。打ったときの音も大切だ、音と手の感覚だけでかなり分かってしまう、と言っていた。いつの間にそこまで差をつけられてしまったのだろう。  デリックは石の道具に目覚めた。今は、石用の鑿数種類とハンマー数個、それに空調ハンマー一式まで持っている。  これは後日談であるが、窪田ガーデンの庭師長のドンはデリックが気に入り、ドンが引退したとき庭師長に興味ないか、と何度も勧めていた。  「まあ、確かに雇われ庭師だからそこまで自由じゃないけど、健康保険あるぜ。それも家族全員。後、安定だな。自分でやっているときは毎年当たり外れあるし、この前の不況みたいな時は、どうなるか分からないじゃないか。市の仕事はいいぜ。特に庭師長なんか。最高だぜ」と、ドンは言うのであった。  デリックも揺れている様子だった。もしかしたら、未来の窪田ガーデン庭師長が面白い巡り会わせで見つかるかもしれない。       (続く) (児嶋 健太郎)

1 2 3 4 206