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沖縄県人会 鼓衆、当地で活躍 「エイサー」の掛け声とともに

 シアトルも毎年の恒例行事、夏祭りの開催が集中する季節を迎えた。屋台や盆踊りなど、さまざまな訪問客が集まる各地域のイベントでダイナミックな演奏を見せる太鼓集団がある。独特の穏やかさと迫力の緩急を持つ琉球芸能を披露する沖縄県人会太鼓クラブは結成9年目。今年7月からは沖縄の浦添市を拠点に置き、県外や海外でも活躍する親団体「鼓衆 若太陽(ちじんしゅう わかてぃーだ)」の名前をとって「沖縄県人会 鼓衆」となった。

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日系釣り愛好家の誇り 天狗クラブの記録、出版で残す 和み茶室で特別イベント開催予定

 当地日系釣り愛好家の集まり、天狗クラブの活動、鮭釣り大会の記録を記した『TENGU(天狗)』が出版された。著者は約50年にわたり会に携わってきたシアトル日系人会共同会長の田原優さん。本紙などが主催するブックイベントも和み茶室で18日を予定している。  毎年10月から12月の日曜日早朝、エリオット湾に浮かぶ釣り船の数々。日系社会の冬の恒例行事となる天狗クラブによる黒口鮭ダービーは、毎年の優勝者に手渡される天狗の盾を目指す多くの参加者でにぎわいを見せてきた。  第二次世界大戦前、一般の釣り大会や関連団体への参加は人種偏見などで難しい時代だった。釣りは潮干狩り、松茸狩りとともにノースウエストのアクティビティーとして欠かせない。日系移民で発足された釣りクラブは人気を呼んだ。  第二次世界大戦では太平洋沿岸から強制退去を受けるが、戦後に要望が集まり再開。1回では足らず、2回大会を連続開催。シアトル発祥の「ムーチング」と呼ばれる釣り方で大物を目指す。現在まで続く伝統行事の基礎ができた。  同クラブは大戦前や50、60年代に一世、二世を中心に人気を集め、本紙などでも毎週の釣果が大きく取り上げられてきた。近年は環境の変化もあり、釣果、サイズともに減少、世代を経て会員減など会の存続が危ぶまれることもあった。それでも、会員の顔ぶれを変えながら、ワシントン州で最も長く続く鮭釣り団体主催の釣り大会として、根強く親しまれ続けている。  『天狗』では約80年わたる活動、釣り業界や社会への貢献、理解、これまでの大会の歴代優勝者、活躍者を写真ともに紹介。田原さんが歴代の会員から直接耳にし記録してきた資料を約250㌻の英語本で紹介している。  田原さんは同書で「家族、友人だけでなくコミュニティーに天狗クラブが伝わってほしい」と紹介。初版の200部は無料。天狗クラブ関係者に贈呈後、希望者に手渡される。詳しくはtaharas@comcast.net、(206)361―2970、(206)604―2542まで。   またサイン会や天狗クラブの歴史紹介を兼ねたイベントを18日午後1時から和み茶室で予定している。詳細は本紙来週号で発表される見込み。  (N・A・P)

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日本、国立西洋美術館 新たに世界遺産登録へ

日本政府は17日、東京上野にある国立西洋美術館がユネスコ世界遺産に登録される見通しとなったことを発表した。諮問機関からの評価を受け、7月10日からトルコのイスタンブールで行われる第40回世界遺産委員会で最終的な記載可否が決定する。  同美術館は、ル・コルビュジエ氏(1887~1965)が建築。日本を含む7カ国が同氏の17資産を一括し、「ル・コルビュジエの建築作品―近代建築運動への顕著な貢献―」と題して共同推薦を行ってきた。  ユネスコの世界遺産登録は、2013年富士山、14年富岡製糸場と絹産業遺産群、15年に明治日本の産業革命遺産(製鉄・製鋼、造船、石炭産業)が文化遺産として登録され、国立西洋美術館の載が決定されれば4年連続20か所目の登録となる。東京都内では初めて。  現在暫定リスト候補の内、福岡県の宗像・沖ノ島と関連遺産群については来年第41回世界遺産委員会で登録が審議される予定。     (N・A・P)

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地元日系芸術家 ジョン・マツダイラ作品 エドモンズで公開中

  エドモンズ市のカスカディア美術館で、当地出身の著名日系芸術家、故ジョン・マツダイラ(松平)氏(1922年―2007年)の展示会が開かれている。  マツダイラ氏は当地で生まれ、金沢で幼少時代を過ごし35年に帰米。第二次世界大戦ではアイダホ州ミネドカ収容所に家族と送られ、のちに米軍に志願し第442連隊戦闘団に所属した。大戦後の芸術活動で地元で高い評価を受け、同じく地元日系芸術家のポール・ホリウチ(堀内)、ジョージ・ツタカワ(蔦川)、ケンジロウ・ノムラ(野村)らと活躍を見せた。  展覧会の題、「アゲインスト・ザ・ムーン」は同氏の人生、経歴を暗に示している。芸術家としての道を歩み始めた第二次世界大戦後、イタリア戦線で負傷し、身体的な困難がありながら、バーンリー芸術大学で美術を学んだ。作品はシアトル美術館などで展示され、高い才能を評価されてきた。  マツダイラ氏の作品の特徴として、抽象画にもある月光に照らされる情景がある。日が出ている間を描いた作品にさえも月が描かれ、不思議な趣を映し出している。光と内観の質が同氏の絵画の神髄となっている。家族を抱え、一般生活に追われる中、夜間に時間を見つけ、絵画に励んでいたという。  マツダイラ氏は寡黙で知られ、作品は優れた感性、才能を持ちながらも脚光を浴びることなく月光に対峙してきた同氏の人生を物語っている。  作品は8月23日まで展示されている。毎週水曜日から日曜日まで会館。詳しくは、まで。 シアトルセンター 森澤さんアート公開  初夏を迎え、様々なイベントが行われるシアトルセンターで、地元アーティスト森澤直子さんの作品「モールスコード・プロジェクト(暗号アート)」が展示されている(写真英語2面)。  作品は全長10㍍以上になるパブリックアートで、庭の散水ホースに手を加え、モールスコードを組み込んで作られている。  作品は8月1日まで、シアトルセンター内のポエトリーガーデンで公開。シアトルセンターは芸術文化局と共にポエトリーガーデンの仮設芸術プロジェクトを年間にわたって取り組む模様だ。 (記事・写真 =大間 千奈美)

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忘れられた日系写真家 エルマー・オガワ氏の伝記 オンライン書籍で発刊

January 25, 2016 The North American Post Staff 0

 1950年から60年代にインターナショナル・ディストリクトやパイオニアスクエアで活動した日系写真家エルマー・オガワ氏を綴った『エルマー・オガワ:シアトルの忘れられた写真家とのアフター・アワーズ』が電子書籍で発刊された。当地でもほとんど知られていなかった日系人の驚くべき人生と、地元歴史の無数の断片が語られたユニークな伝記だ。  著者のトッド・マシューさんは、故オガワ氏の写真や手紙、また女優で歌手のスズキ・パットさんら友人、家族へのインタビューや、ワシントン大学貯蔵の写真を通じ、さまざまな逸話の背景を明かしている。マシューさんに話を聞いてみた。   どのようにオガワ氏の仕事に関わるようになったのですか。 「私は約20年間、シアトルでジャーナリストをしてきました。多くの新聞や雑誌にフリーランスで記事を書くことから出発しました。過去10年はタコマの小さな新聞社で編集者、リポーター、また写真家としてフルタイムで働いてきました。そして数年前にシアトルの古いギャンブルクラブについて本を書くためにワシントン大学で調べ物をしていた時、エルマー・オガワ氏の写真を見つけました」 オガワ氏の写真について教えてください。 「オガワ氏はよく、日系新聞のパシフィック・シチズン紙や雑誌シーンマガジンの社会面のために、日系人や地元芸術家、フェスティバルなどの撮影をしていました。また自分の写真も撮っていました。彼は『仕事中のオガワ』シリーズで、撮影準備をし、写真を現像する彼自身の写真など、面白い写真を撮っていました。  疑いもなく、私のお気に入りの写真は地元のバーでの写真です。いくつか例を挙げると、ティムズ・タバーン、バンブー・イン、クロンダイク・カフェやバーニーズ・カフェなどです。  オガワ氏は社交場での労働者たちのエネルギーを見事に撮影しています。仕事終わりにマウントレーニエビールを共に飲み、ビリヤードをし、またボックス席で和気あいあいと楽しむ人々の友情を多くの写真に収めました。バーテンダーらスタッフのポートレイトも好きです。写真での姿はリラックスし、無防備に見えます。オガワ氏の人間性、存在がうかがい知れます。  実際に彼は常連客の一員でした。仕事の後、バーに立ち寄り、友人と落ち合い、写真を撮っていたのだと思います」 なぜオガワ氏の写真をシェアすることが重要なのでしょうか。  「1970年に死去するまで、彼は1950年代初期から1960年代終わりにかけてのシアトルの歴史を伝える何千もの写真を残しました。バーや酒場のみならず、地元の文化行事や日系市民協会など地元団体の活動も追っていました。  オガワ氏の写真はワシントン大学に保管されていますが、彼はシアトルの歴史家たちが見落としてきた写真家だと思っています。彼の仕事が注目されるために伝記執筆を始めました。  彼の写真を長く研究した後、私は彼がどんな人物だったのかもっと知りたくなりました。幸運なことに、彼の同僚や友人、遠い親戚に知り合うことができ、彼らが手掛かりをくれました。彼はいたずら好きで、機転の効いたユーモアのある人物だったようです。  執筆の中では、引退したブロードウェイパフォーマーのパット・スズキ氏とのインタビューがもっとも気に入っています。80歳を過ぎてニューヨークに住んでいますが、オガワ氏は、彼女がまだキャリアを始めたばかりの1950年代に、シアトルダウンタウンで彼女を写真に収めています。『とてもハンサムで性格も覚えています』と彼女は語っています。『彼のちょっと皮肉なユーモアが好きで、とても付き合いやすい人でした』」 もしオガワ氏に聞いてみたい質問はありますか。  「なぜ彼が写真にそこまで関心を持ったのか知りたいです。彼の写真に加えて、ワシントン大学では全ての手紙も保管されています。友人、家族、編集者宛など、全ての手紙読むことができたのですが、純粋に芸術家や有名な写真家になりたいという希望を感じ取ることはできませんでした。  オガワ氏にとって写真はあまりお金になりませんでした。彼はいつも『日雇い』の労働をしていました。写真を撮る仕事がない時、彼はパイプ直しやボイラー作りをしていました。そのような中で、なぜ彼が写真に没頭していたのか知りたいです」  同書籍に関する詳細はhttp://www.wahmee.com/elmer.htmlまで。  (英文記事 =  マイヤ・ゲスリング、日本語編集 =  遠藤 美波)

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若い世代の日系人 活動の源を追う 第二回トロイ・オオサキさん(ポエトリーリーディング)

October 20, 2015 The North American Post Staff 0

ポエトリーリーディングを披露するオオサキさん 写真提供 = トロイ・オオサキ シアトル地域で活動する若い日系人たち。日系の父とフィリピン系の母を持つトロイ・オオサキさんは、ポエトリーリーディングで社会へ向けて意見を発信している。ワシントン大学(UW)のアメリカン・エスニックスタディーズ(民族学)でアジア系米国人民族学を専攻、卒業後、地元で詩を教える仕事についたあと、現在はシアトル大学のロースクールに通っている。

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山海塾シアトル公演「うむすな」、世界観を徹底

October 20, 2015 The North American Post Staff 0

写真提供 = 山海塾 ニューヨーク・タイムス紙において「最も独創的で驚くべきパフォーマンス集団の一つ」と評された、日本の舞踏パフォーマンス集団「山海塾」の公演が1日から3日まで、ワシントン大学のミーニーホールで行われた。  今回のテーマとされる「うむすな」は、「うまれた場所」を意味する。主に地・水・火・風の四元素を象徴とする4つのパートで構成され、全体的にゆっくりとした動きでパフォーマンスが展開された。  音の演出もそれに準じたものになっており、特に一つ目から二つ目の元素の切り替え場面において、突然鳴り響いた音に驚いてしまう人が多く出る程だった。舞台上には砂が散布されており、舞う砂埃がパフォーマーの動きに躍動感を与えているように見受けられた。  静から動、動から静、無音から有音などのふり幅のかなり効いたパフォーマンスに観客は終始集中して見入っていた。  1時間30分にわたって行われた公演が終了した際には、惜しみない拍手と歓声が送られ最終的にスタンディングオベーションとなっていた。  観客からの拍手に対してパフォーマー達は最後まで特徴的なゆっくりとした動きで手を振り返したりと最後までその世界観を徹底。観客たちも一際大きな盛り上がりを見せて終幕を迎えた。  山海塾は1985年に行われたシアトル公演で起きた転落事故が思い出される。しかし500人を収容できる会場はほぼ満席、当時の事故のことを知っていてもおかしくない年齢層が中心で、当時の事故が尾を引いているような印象は受けなかった。  開演されるまではざわついていた会場だが、照明が落とされたと同時に一気に静まり返るなど、大きな注目が山海塾に集まっていた。 (白波瀬 大海)

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