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あの日の北米報知 第69回 1955年3月15日号より
当地では芸術業界で活躍する日系人も多いが、その一例としてワシントン州青年音楽会という音楽関係の愛好者たちによる集いの記事が本紙に掲載されている。
Read More »あの日の北米報知 第68回 1974年3月5日号より
ノースウエスト在住日系人の移民史を記した『北米百年桜』の英語版『Issei』が日本で印刷を完了、船便で当地へ向けて郵送されていることが報じられている。19世紀後半から始まり、米国に大きく貢献してくるなかでの苦難やコミュニティーの成り立ちを、一世生存者たちの証言をもって確認できる。
Read More »あの日の北米報知 第68回 1942年2月27日号より
本紙の前身にあたり、1942年3月まで発行されてきた北米時事紙。第二次世界大戦前の日系人社会の活況、移民状況、そして差別や苦境を生き抜く日本人の姿が記されている。
Read More »あの日の北米報知 第67回 1974年2月21日号より
当地における日本映画に関し、インターナショナル・ディストリクトの国際劇場、コロンビア・ディストリクトの東洋シネマの両日系映画館を忘れてはいけない。松竹、東映といった日本映画を長年にわたり上映し、地元日系人や映画ファンを楽しませてきた。
Read More »あの日の北米報知 第66回 1963年2月18日号より
毎年行われている西北部仏教大会が今週末に開催されるにあたり、約400人の出席者が見込まれている。宗教大会とはいえ、日系関連における集客としてもかなりのものとなるので、50年前の本紙記事に目を通して見ることにした。
Read More »あの日の北米報知 第65回 1954年2月3日号より
第二次世界大戦後の国際結婚で渡米した日本人移民にかんする記事が掲載されている。「戦争花嫁」とも称された日本人移民の多くが太平洋の長い船旅を終え、シアトルの日本町で懐かしい日本の味を楽しむ様子が記されている。
Read More »あの日の北米報知 第64回 1954年1月23日より
1月末に行われる日系市民協会シアトル支部による役員就任式が、1950年当時は新米国市民の歓迎も兼ねたイベントだったことを伝えている。新たに米国市民権を得た一世の移民者を歓迎する二世。お互いの協力でコミュニティーを作り上げることに加え、当地文化、社会、そして選挙といった市民の責務を果たすことを新米国人に語りかけられている。記事の中に一世の米国籍取得者が「英語」であいさつ、2人の二世が英語と日本語で分けてあいさつする様子が記されるなど、米国市民となった日系人たちの姿、そして米国社会で歩む道のりも暗示されている。 (N・A・P)
Read More »あの日の北米報知 第63回 1962年1月29日号より
ケネディー大統領政権時代、米国省庁でも有数の規模となる退役軍人省の退役軍人控訴委員会に地元出身の日系弁護士のハリー・タカギ(高木)氏が任命された。
Read More »あの日の北米報知 第62回 1962 年1月12日号より
1950年代の定期的な貿易博、シアトルと神戸の姉妹都市提携といった動きに合わせ、1962年に当地で世界博覧会が開催される。日本からの積極的な参加も効を奏し、同年を前後して日本に関する注目は大きく高まりを見せていたようだ。
Read More »あの日の北米報知 第61回 1963年1月9日号より
かつては日本町が栄華を誇ったインターナショナル・ディストリクト。その中心となるサウスジャクソン・ストリートと6番アベニューの東南角に日系人のフランク・ハットリ(服部)氏によるビル建築の話題が報じられた。
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