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心の灯火 (16) だまされんぞ!  (父母の日を迎えて…)

父と母は色々な影響を与え、多くの思い出を、私の人生に作ってくれた。父の日と母の日を迎えて、自然に感謝の気持ちが浮かび上がってくる。   春の彼岸の頃だから3月だった。九州の佐賀を離れて京都で学生生活をしていた時、友人と一緒に鴨川の桜を見て、夜は一杯飲み会をしようと計画した。早速、父に電報を打った。1960年代は電報が一番効き目があった。「本を買う、2万円、送ってくれ」といった内容であった。   私の学生時代には2万円で十分であった。3人だから6万円の飲み会と企画した。翌日、早速、電報が届いた。電報為替で送ってくれたものと期待して、感動し急いで開いてみると、「ヒガント イエドモ ダマサレンゾ チチヨリ」と、返信の言葉だけが打信されて、現金変換の為替ではなかったのである。 驚いた私だったが、一人で笑ってしまった。そのことを友人に伝えると、また友人達も大声で笑った。飲み会はラーメンとビールになってしまった。   がっかりするやらおかしいやらで数日が過ぎたころ、母からの封筒が届いた。その手紙には「…だまされたと知って、2万円送ります。お寺の信徒さんからお父さんが頂いてきたお布施です。お父さんには内緒です。大事に使ってください…」と書いてあった。   どうしようかと考えたが、結局、友人と一緒に飲み会をして、大騒ぎをしてしまった。悪い息子であった。しかし、私の心に生涯にわたって残る出来事となった。そのような父と母の影響が、自然に私を坊さんになしてくれたといえようか。   お金の大切さを教えてくれた父の智恵ある智恵心、そして慈しみ、悲しむ母の慈悲心が、調和して私の人生に大きく影響してくれていることを今も感じることができる。しかし、2人ともこの世にはいない。もう花は贈れないのである。「合掌の中に、いつでも会える」と,残してくれた父の言葉はありがたい。 合掌 (ホワイトリバー仏教会 住職 小杭 好臣)

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心の灯火 (15) 殺すな!

滴水という禅宗のお坊さんがおられました。まだ修行中の若いころのできごとです。井戸端で顔を洗ったあと、洗面器の水を捨てた時、「殺すな」と、大きな声で怒鳴られたのです。   びっくりして振り返ると、滴水の師匠は何もなっかたように、本堂の中に静かに入っていかれたのであります。滴水は叱られた意味がわからず、自分はただ顔を洗っただけで何も殺してはいないと、不思議に思ったのです。   一日中考えましたが、どうしても解らない。   恐る恐る師匠の前に出て、「どうして怒られたのか理由が解りません。私は、なにも殺していませんが……」と、尋ねたのです。   すると師匠は、「水にきけ!」と言ったきり、あとは何も言われなかったそうです。数日間、考えた滴水は、ハッと気付いたのです。「殺すな」という意味は、「生かす」という意味であると。     それは顔を洗って、使った水を溝に捨てず、庭の植木に注げば植木を生かすことになる。また同時に、水そのものも植木に注がれることによって、生きる事になると目覚めたのです。   滴水はこの教えを身に受けて、一滴の水をも大切にし自分の名前も、滴水と名付けたと伝えられています。   現在、3|R:リサイクル、リデュース、リユーズ、と盛んに強調されていますが、滴水禅師はその昔、すでに実践されていたのですね。米国の家庭やレストランで食べ残す食物の量で、食料難で困っている国の人々が、十分生きていけると聞きました。   私のおばあちゃんが、物を粗末にしてはいけない……と、口癖のように言ってくれていたことが、耳に響いてきます。 合掌 (湯川 孝紹 タコマ仏教会 引退開教使)

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(6)死ぬ時には、必ず死ぬ

知らない人から電話があった。 宗教家はいかなる人が電話をしてきても常時、応えなければならない宿命を持っているといえようか。 祝い事に出席して、一杯機嫌で、眠りについた時の深夜の電話は辛い修行である。この電話は、幸いにも、緊急な死を知らせる電話ではなかった。どちらかといえば、死に対する不安への内容であった。

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心の灯火 「不思議な出来事」

49日の命日は、自分のアパートで自分一人で営みたいので出張してほしい、と依頼を受けた。サンフランシスコのお寺に駐在していたころの出来事であった。 奥さんが亡くなられて、49日が経っていた。日本から渡米した一世の人で、86歳になったお寺の信徒の人であった。約束をした日にその人をアパートに訪ねた。ドアを開けると、入り口から箱の荷物が高く積まれて、身体を横にしないと中には進めなかった。進むにしたがって、「プーン」と古臭い匂いが鼻をついた。座る場所もないような所に、イスが一つ、小さなテーブルと小さな仏壇が置いてあった。 「ようこそ、来て下さった」と、喜んでお茶を出してくださった。生温い、味の悪いお茶であった。茶碗は洗ったのだろうか……、と思ってしまった。 台所は手前に荷物が積まれていて見えなかったが、この一世の人は、慣れた動きで合間を上手にぬって歩かれた。 仏壇のなかには、仲良く二人で撮った写真が置いてあった。「先生が来て下さるので、家内仕込みの巻き寿司を作って今朝から待っていました」と、喜んであいさつされた。どんな巻き寿司が出されるのか案じながら読経をした。読経が終わって振り向くと、涙をふいておられた。 「いい女房でしてね……」と、また涙をふかれた。写真は金婚式のお祝いの時に撮ったものであった。他人同士が、縁あって夫婦となり、50年を共にする。不思議な絆に感動し、私も涙した。 「ケンカもし、仲の良い時も沢山ありました。頑固な私によく辛抱してくれました。いい女房でした」と繰り返された。 あれも、これも女房の荷物で捨てられません……、とも言われた。 出された巻き寿司は、如何にして食べていいかと戸惑ってしまった。ご飯が柔らかく、手でつかんでも海苔からずり落ちてしまうし、中の具は、何が入っているのか解らなかった。スプーンですくって、一気に口に入れ,お茶で流し入れた。生まれて初めて体験する不気味な味であった。 その時は、坊さんの仕事は辛いものであると思ってしまった。また、男は女より先にこの世を去った方が都合がよいのでは、と思ってしまった。 夫婦という不思議な絆に感動し、不思議な巻き寿司の味を体験した不思議な出来事であった。 (ホワイトリバー仏教会 住職 小杭 好臣)

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心の灯火 勝手な人間なこころ

February 1, 2013 The North American Post Staff 0

娘たちが若い頃、毎朝、真剣な目つきで、髪の手入れをしていたことを見たものです。そのように真剣に、きれいに、手をいれて家の掃除をしてくれたら妻もどんなに嬉しいことであろうかと思ったものです。 一本、一本の髪の毛を所定の場所に置く事が最も重要なことであるように思えた。とにかく真剣であった。朝食を食べる時間より髪の毛を調整する時間の方が大切なようであった。スプリット(割れ毛)が一本でも見つかれば、大変な悲劇となった。髪の毛が思うようにカールしなければ、死ぬような声を出して叫ぶ。一日でも髪を洗うことができなければ、この世も終わりかと思っていたようであった。 しかし、愛情をこめて宝もののように大切にされた髪の毛も、一旦、頭から離れて地に落ちてしまうと、それは汚れものとして扱われ、見向きもされなくなってしまった。時には、シンクや床に散らばって放っておかれ、塵籠(くずかご)にも埋葬してもらえなかった。間違ってご飯のなかにでも見つけられた時には、それはそれは、世の中で最も汚いものを見つけたかのように嫌われて、捨てられた。 あぁーあ、髪の毛の人生、頭にあるときは、宝物のように愛され、身体から離れると、汚物として嫌われる。寂しい物であると思ってしまった。私達も自分の都合によって、人にも物にも、慈しみを持ったり、嫌ったり、見向きもしなくなったり、時には憎しみの心さえ持ってしまう時がある。勝手な人間のこころに、生きている自分に気付くことができて、恥ずかしくなってしまう。 心という言葉は、「ころころ」と心が変転するところから生まれてきたと言われているが、自分の都合で、しかも勝手に動いてしまう人間のこころは、ほんとに勝手なものであると気付かされ、反省させられてしまう。   (米国仏教団引退開教使 湯川 孝紹)

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心の灯火 癌の病は有り難い

November 1, 2012 The North American Post Staff 0

 「お布施はありがたく、もらえるようになったか」と、父は私に問うた。布施とは、坊さんに施すお金や食事、品物(財施)、坊さんが施す教え(法施)などを意味する。  「はい」と私は答えたものの、何か自信がなかった。福岡県の船小屋という田舎町の温泉に浸かっていた時のことであった。老体になると体重が軽くなり湯に浮くので,父の要求によって、肩を押さえている時のことであった。